LOHAS Life〜身体は答えを知っている 〜

種取物語 あまつち ふぁ~む  身体の答えを聞く【キネシオロジー】宇氣比(ウケヒ)  種 健康 癒 食 気 旅 環境。。。。

岡山県蒜山高原2

父母が子供の時の蒜山ヒルゼン)は陸の孤島のようで
車がない時代は自給自足+たまにくる鳥取の海からの海産物と塩
で生活が成り立っていたらしく
馬がいる家は少なく、徒歩が唯一の移動手段。
遠足で数十キロ歩いて汽車を見に行ったと聞きました
しかも、峠。。。。
 
峠を降りるなんて遠足じゃなくて登山だろう!!と思ったけど
本人たちは歩くことは苦ではないようで、汽車を見れたことが嬉しかったようです
が、、、、お金を持っている子だけ一区間乗れたってのは
今では考えられないですね。貧富の差が明らかな時代です。。。。
 
私が子供の時、この急こう配を同級生が自転車で登っているのを見てびっくり!!
今の自転車なら上る人もいるとわかりますが
数十年前の事、数時間に1本のバスを待つより
自転車の方が便利だと言っておりました。。。。
 
母の家には水車があり、ここで粉を引き
石臼・脱穀機・糸巻などなどの手動式生活器具がありました
大麻から麻を取り、蚕を飼い絹をを作り、家で織る。
(何度も洗った麻の着心地は、絹以上、、、母談)
藍を育て、自分たちで染める
反物→服→布団→おしめと大切に使い
ハギレと小豆のお手玉や(私も母に作ってもらった)
とうもろこしの皮と毛で人形を作り
 
砂糖が貴重な時代に、寒冷地の蒜山でサトウキビを作っていたと聞いて驚き
貴重な現金収入は煙草の葉で
農閑期に一年分の家族の草履を作り囲炉裏にかけておく(虫よけ)
背負子を呼ばれる鞄を作り
竹からざるを編み
木からエネルギーを受け取るために山の手入れをし
玄関先の牛たちは動力であり、家族であり
鶏を飼い、自分たちで育ててつぶして食す
祖父母は大工でファーマーで鞄職人で靴屋
機織り屋で、人形作家で、竹細工屋で。。。。。と一人で何役もこなすには
睡眠時間を削って働くしかなかったようです
 
医者がいない時代、村に一人『モミヤ』と呼ばれる
指圧師のような人がいて、けがをしたり、体調が悪くなると
この人のところへ皆が行ったそうです
お金を取らずに、仕事が終わった後や
農作業の途中でも訪ねてくる人を見ていたそうで
常に茣蓙を持ち歩き、自分の睡眠時間を削って人助けをされてました。
子供の時に死にかけたが、指圧で一命取り留め、勉強したそうですが
教えてくれた方が『勉強したら仕事にならんからやめとき』と言われたのを
『恩返しする』との志で、死ぬまで続けておられました
この方は大叔父さんです、同じようなことをしている私は、つながりを感じ
私もお世話になりましたが、お礼ができずじまいでしたので
志を引き継いでいくことで、お礼となれば幸いですね。
 
持続可能な世界が、私の子供時まで続いていた蒜山
家を建てると山に桜を植えてました
次の建て替え時に使う木材にするためです。
数百年後の子孫のために木を植える。
忘れられた日本の文化です。
家の山にも何本かの桜があり、春先には綺麗な花をつけ
この花を見ると、先祖の思いを感じることができます
文化を継承してない私は、
ご先祖様の思いを継いでないことが残念でもあります。。。
 
つづく。。。
 

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           使い川と呼ばれる、庭先の小川
           私が子供の時は水量が多く、ここに小さな水車がありました
           蒜山も水路はほとんどコンクリートで固めてますが、
           ここは昔のままで、近所の子供たちの遊び場所にもなってます
                               
           お盆の水神様へのお祈り中です。
 
 
 
 
 
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