LOHAS Life〜身体は答えを知っている 〜

あまつち ふぁ~む  身体の答えを聞く【キネシオロジー】宇氣比(ウケヒ)  種 健康 癒 食 気 旅 環境。。。。

岡山県蒜山高原4  昔話 漆器 /文化 / 旅 / 麻 / 山登り / 祭

蒜山は昔、湖だったのが水が流れ、盆地になったと言われ
珪藻土の発掘範囲がどんどん広がってる。。。。
いつかはなくなると思うけど、なくなるまで取り続けるんだろうな~
個人的には珪藻土コンロが欲しいのですが
蒜山では販売されてません。残念
 
古墳以外にも竪穴式住居跡があり、復元展示されてますが
移動できない家ですが、日本は土着・農耕民族なので当たり前ですよね
ですが、形はネイティブアメリカンの家と似ているな~と思いました
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古墳時代から人が住んでいた跡があるけど、冬は厳しい蒜山
どうやって生きていたんだろう?(暖かだった?)
食糧を備蓄しないと生きていけないと思う。
食器も必要だし、土器もいる
少しづつ、持続可能な範囲で作り出したのでしょうが
無から作り出すことは大変、
人が交流し新しいものや便利なものを見聞きし文化が広がる、、、、
ネットもテレビもない時代に文化が広がるのは、
人の声だけが頼りで
時代が進み、宿場町ができ、人が行き来するようになると
文化は急激に発展したと思います、
間違えた情報もあったでしょうが、、、、、
 
漆器
伝えられた食器の作成は日本中で行われていたはずですが
今は、国産が数%になった漆の産地@蒜山
山に漆の木がたくさん植えられ、漆器が生産されてました。
安い食器が広がっていき、一時すたれましたが、再生産が始まりました

漆器は扱いが難しい、でも、良い食器を大事に使えば100年以上使用でき
補修も可能で、国産の木を使うことで、森林も維持できるのです。
森林を守りたいなら、国産の食器を利用してくださいね。
 
漆器は冠婚葬祭で使い分け
葬儀は黒
結婚式は赤 など、(詳細不明)...
何種類もあった
が、各家庭にはないので貸し出してた
 
●文化
江戸時代あたりには旅人が増えると、色んな人もやってきて
家にあった絵は、絵描き(素人程度)から買ったものがあり
伊勢神宮のお札など、紙製品(仏像の絵やお札など)
を売りながら旅している人が多かったそうで
売れないと行き倒れるので、売りに来たものはすべて買っていたようで
人助けらしい、、、、
私ならいらないもの買わないが、
赤い羽根募金のようなもの???
 
冬には劇団の一座が来て、宿泊所がない時代
数か所の家に分かれて宿泊、上演もするが、村人の楽しみは
見たことのない他の地域の出来事や話だったようで
泊まった家に村人が集まり、色んな話をするのも
一座の仕事の一つだったと聞いてます。
 
電話のない時代に、どうやって行先を決めていたのか謎
娯楽は、人と人の出会いや芸術文化・自然を楽しむことだけだったんですね
テレビが普及し、文化生活が減ったと感じているのは
テレビ世代の私の思い込みでしょうか?
 
先祖の文化を私たちは継いでいくことが
持続可能な世界への一歩
新しい世界を作り出すのも、一歩ですね
   
 
●麻は花が咲くのと、実がつくのがあり
実がつくのをオスと呼び
雄の実 【オノミ 】と呼んでた...
(実がつくのが雄っておかしくない?)
花爛漫では実がつかない
(ゴマのように食べてた)ので 食料が減る
「あそこの畑は花見用か?」って
近所では話をしてた
  
繊維はとれても、
一年分のオノミ(食べる分)と種が
無くなるのは、怖いわー(*_*)
葉っぱは畑に捨ててたと。

 「オノミ」は胡麻より香ばしく美味
茎を束ねて、川に浸け、石で重し
柔くなったら、繊維を取り、
よって糸にし、土間から奥の間まで
(15m位か?)糸をはって
糸巻き機で巻いてた
藍で青、色なし、赤(何で染めてたのか不明)
の3色の糸を作り
祖母が冬の間に織り、着物にしてた
赤は子供や若い女性の着物に
ポイントで入れてたとのことなので
貴重な色だったのかな?
戦前まで脈々と続いてた
麻物語@蒜山でした(о´∀`о)

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民家の庭先
 
●山登り
小学校での登山会は山頂解散で、
藁草履(小学生の自作)
手ぶらで、登り
自由解散なので、違う山を降りた
登山道はないので、
水道(みずみち)の草を分けながら、、、、(((^^;)
いまなら、大騒動!!! 
 
高い所からの景色を見ることがない時代
村の景色を見たかったらしい 70数年前のこと 
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●アタゴ祭り
7月20日前後?の火祭り
各家から子供が一人、藁束かついで
田んぼの回りに立って、藁に火をつけ
集落ごとの火が田んぼを照らしてた
お菓子を貰うのが楽しみで、参加してた
男女問わずで、子供が参加
暗い中での炎が、綺麗だったようです

●お田植え祭
長田神社の5月のお祭り
牛で田起こしする所からを再現
このお祀りは男性のみで執り行われる
高天ヶ原伝説の蒜山
田植えが始まったお祭り(国内開催多数) 

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漆器には珪藻土が必要で、国内で採掘されるのは能登蒜山
漆器=JAPAN 蒜山漆器はJAPANです

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 コミカルな牛を操る百姓頭は

裃(カミシモ 正装)を着用

粛々と執り行う宮司との差が
面白かったー

私が一般参拝代表での玉串ホウテン(いいのか?)( *´艸`)

米と酒、漆器、麻
笛と太鼓、、、、祭りには必要な物が沢山 
 
●無形文化財 大宮踊り@蒜山
日本語?って思う、
意味がわからないお囃子
で踊るお盆祭り
 

【シリゲ】 紙をを切った飾り
(昔はマイナイフで紙切りしてたらしい)
お祭りを戸隠で見た時
そっくりな飾りに驚いた
天岩戸が飛ばされた場所、
と言われる戸隠
高天原伝説の蒜山
似てるのも当たり前かも?(^^)d

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久しぶりに踊りました(*^▽^)/★*

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他にも、自宅のお祭りや
冠婚葬祭、近所の手伝い
など、お祭りが生活の一部だったらしい
何個ものご飯を毎朝、
御供えしてたのも、お祈り
65年位前のお祀りの話
どのお祀りも、参加してない私 
継いでいただいてる方々に感謝だな
 
ヒルガ神社 中蒜山中腹
山の中腹まで、
御供え担いであがって、お参りしてた。

神主さんが居るのではなく
持ち回りで一年担当制度
(今は何処担当??)
  
 ●萱の話
雑草ごとく這えてたカヤ
束ねて、屋根裏にストック
屋根吹替えする家に貸し
数年掛けて返却
今なら、カヤ地域通貨?d(^-^)
カヤは雪避け、
冬前に軒下に立て掛けてるので
沢山必要だった

●集落でお金があるお宅に井戸ができ
皆で利用してた(無償)
バケツで、水汲みに行き...
カメに移すのは子供の仕事
広い集落は各家庭に井戸があり
おけ→滑車→ポンプと変化した
 
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         お盆の水神様へのお祈り中

私が子供の時は水量が多く、ここに小さな水車がありました
井戸ができる前は、朝一で使い川(各家庭を流れてる小さい川)
の水を汲んでた。水量が多く、ここに小さな水車がありました
大川の水が青かった時(汚染の無い水は 水色)
川底の粘土を剥がす遊びが流行ってた
潜っていられるのは、泳ぎが上手い子だけ
 
自分の記録用 蒜山の昔の暮らし
●シャンプーは、ネムノキを枝ごと煮出した茶水を利用
 
●木箱のネズミ避けには、
潰したお米にアオサンショの実を潰して
混ぜたものを塗る、青山椒の皮が苦手
 
●へちま水は茎から採った原液を
薄めて使う
 
●大豆は畝でなく、溝栽培で土寄せ
 
●家の中で置き式囲炉裏で、燻してた!
壁が煤けてるのは、タバコ乾燥の為!
 
●「朝間負い」(あさまおい)
学校に行く日の朝食前(朝の間)に薪を
山に拾いに行ってた...
山を持ってない家は、あちこちで枝を集めて
山を持ってる方も落ち枝を拾う事は、黙認してた。
木がないと生きて行けない時代
助けあって暮らしてたんだな〜
自分さえよければ、、、では成り立たなかった模様
 
●「こぶし(山の花)が元気だと、風が強い」
っていい伝え!今年は山が白くなるほど
ごぶしが元気だったらしい、、、
台風のような風吹いる。伝承って凄い\(◎o◎)/
 
●家の使い川の横に小屋がある
味噌蔵だったらしい
川は夏も涼しいので、漬物等の保管に適してる。
今は物置小屋、、、
 
●何でもお茶
桑 笹 どくだみ 毒でなければ何でも利用
「くこ」葉だけにして保管します
新聞に広げて乾燥中
茶釜にほうじ茶を麻袋入りで、色が出なくなるまで使う
 
●山椒は味噌と混ぜて一年食べる
春の蒜山 自然の恵、第一段!
山椒味噌
庭の山椒を枝ごと収穫
(剪定兼ねてる)...
昔のすり鉢は重たい、、、、
同じ山椒の木から作ったスリコギ
 
味噌一キロ、山椒、日本酒、煮きった味醂
朝から台所は山椒と甘い香 
すりこ木も 山椒の自家製。。。 
 
●麹が固まっているのは、
菌糸がちゃんと育ってる証拠、
バラバラになっているのは油が添加されているかも?
 
●川魚は囲炉裏でゆっくり燻しておく、
溜まってから食べる。農作業が忙しく、
魚を取りに行くのは農閑期か、小川の水を抜く時位、
たんぱく質は豆。
「昔は肉類はほとんど食べてない」
 
●炭焼き職人は、山の木をまとめ買いし、
斬った木の枝は山で切り、炭に出来る木材のみ
持って行く、山は歩ける用手入れされていた。
枝は山を持ってない人達の物になってた
 
●秋には、薪の競りが山で開催され
一家庭で数本買っていた。秋に買った木を伐採、
切断して放置。春先の乾燥した頃に山から背負って
下ろしてた
 
●薬は無く、治癒力と生命力
車はない、歩く移動と背負う荷物
牛は大事。物を移動する力になるが
世話が大変

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私が子供の時
峠を越えないとたどり着かない山の中。
峠が崩れて、よく陸の孤島化してた。。。。(@_@;)
非常食用なのか、使い川から水ひいた生簀が
庭にある家が多かったな~
(家は埋めた、子供が落ちないように
親戚は網貼った)
御ひつを洗ったら、こびりついてたご飯を魚のエサに
するため生簀まで運んでた

トイレが土間にあって、靴はいて用足す時代
生簀まで洗い水を運ぶことが遠いと思わなかった
「今、生ごみを分別しよう。」
(私は畑に自転車運んでます)
と言うと面倒だと言われてしまう。。。(-_-;)
めんどくさい
って色んなことを捨てていくって言葉だな
文化とか、歴史とか、のんびりとか、、、、 
めんどくさい ≠ もったいない
なのかもしれないな~

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